イーロン・マスク、太陽光発電からAIまでの「閉じたループ」で通貨不要論を提唱


イーロン・マスクが描く究極の未来社会では、ドルや円といった従来の通貨は「邪魔者」でしかない。彼が提唱するのは、太陽光発電から始まり、ロボット製造、半導体生産、AI開発までを一貫して自前で行う「閉じたループ」の完成だ。この物理的な生産サイクルが確立されれば、価値の基準は電力(ワット数)と物質量(トン数)だけになると彼は主張する。これは単なるエネルギー論やAI論を超え、文明の根幹をなす経済システムそのものの変革を予見する、極めて野心的で物質主義的な未来ビジョンだ。

「閉じたループ」が通貨を不要にする

マスク氏は自身のSNSプラットフォームX(旧Twitter)で、次のような見解を表明した。同氏によれば、「太陽光発電からロボット製造、チップ生産、AIまでのループが閉じられたとき、従来の通貨はただ邪魔になるだけだ。重要なのはワット数(電力)とトン数(質量)だけであり、ドルではない」という。ここで言う「ループが閉じる」とは、外部からの資源や製品の投入に依存せず、システム内で必要なものを全て生産できる自律的な状態を指す。この発言は、彼が進める多岐にわたる事業が、実は一つにつながる壮大な青図の一部であることを示唆している。

物理的基盤に立脚した未来ビジョン

この構想の核心は、すべての価値をデジタル情報や信用ではなく、物理的なリソースに還元する点にある。例えば、AIを開発・運用するには膨大な電力(ワット数)と、それを生み出す太陽光パネル、サーバーを構成するチップ、それらを製造するロボット(全てトン数で計測できる物質)が必要だ。マスク氏の考えでは、この一連の流れを自社で完全に掌握できれば、中間的な価値の尺度である通貨は冗長になる。価値は最終的に、どれだけのエネルギーを制御し、どれだけの物質を有用な形に変換できるかで直接的に測られることになる。

このビジョンを具体化する動きは既に始まっている。関連するインタビューでは、テスラとスペースXによる年間100ギガワット規模という途方もない太陽光発電生産目標が示されている。さらに将来的には、宇宙空間にテラワット級のGPU(AI演算装置)クラスターを設置し、地球上よりも効率的な太陽光発電でAIを駆動させる構想にも言及されている。宇宙での太陽光発電は天候や昼夜の影響を受けず、地上への送電という課題はあるものも、AIの学習という純粋に電力を消費する作業を行う場所としては理想的だ。これは「閉じたループ」を地球の枠を超えて宇宙に拡張する発想と言える。

各事業は「ループ」の歯車

マスク氏が率いる各企業は、この「閉じたループ」を構成する重要な要素として位置付けられる。

  • 太陽光発電(テスラ・ソーラー): ループの起点となるエネルギー源。全ての活動の原動力。
  • ロボット製造(テスラ・オプティマス): 安価で汎用的な労働力。物理的な製造・建設・メンテナンスを担い、人的リソースの制約を解消する。
  • チップ生産(xAI、テスラの独自AIチップ「AI5」): AIの頭脳となる半導体を自社設計・調達。供給リスクを排除し、性能を最適化する。
  • AI開発(xAI、テスラの自動運転AI): ループの最終産物であり、同時に他の工程(設計、制御、効率化)をさらに高度化するためのツール。

このループが機能し始めると、コストは主に初期投資の設備償却とエネルギーコストに収束する。そして、そのエネルギーコスト自体も自前の発電で賄うことができれば、経済活動のコアは「いかに少ないエネルギーと物質で、より多くの価値を生み出すか」という物理的・工学的な最適化問題に移行する。

実現した世界はどうなるか?

この構想が仮に実現した世界を想像してみよう。企業の財務諸表は、損益計算書(P/L)よりも、エネルギー収支(発電量-消費量)と物質収支(投入資源量-産出物量)がより重要な指標となるかもしれない。貿易も、複雑な為替リスクを伴う通貨決済ではなく、エネルギー単位(例:MWh)や特定の素材・製品によるバーター取引が中心になる可能性がある。投資家は、企業の技術力や資産を「どれだけ効率的にワットとトンを価値に変換できるか」という観点で評価するようになる。

一方で、この未来像は多くの課題をはらむ。第一に、この完全自律ループを構築するまでの膨大な資本と時間、技術的ブレイクスルーが必要だ。第二に、通貨が不要となるほどループが「閉じた」社会は、外部との交流が乏しい自給自足経済となり、競争とイノベーションの速度が低下するリスクがある。第三に、電力と物質量という単純な基準は、デザイン、ソフトウェア、文化、サービスといった無形の価値を適切に評価できるかという根本的な疑問が残る。

デジタル通貨論とは一線を画す物質本位の思想

マスク氏の提唱する「ワット数とトン数」の世界は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)や暗号資産(仮想通貨)がもてはやされる現代の金融技術の潮流とは対極にある。それらが「価値のデジタル化と流通効率化」を追求するのに対し、マスク氏の構想は「価値の物理的基盤への回帰」を説く。彼の着眼点は、どれだけ高度なデジタル経済も、結局は物理世界のエネルギーと資源の上に成り立っており、その基盤を制する者が未来を制するという点にある。

この考え方は、AI開発競争が単なるアルゴリズムやデータの競争から、究極的には電力をどれだけ安定的に、大量に確保できるかの競争に移行しつつある現実を反映している。マスク氏は、その先のステップとして、電力確保の手段(太陽光発電)から、電力を消費して価値を生む主体(AI)までを垂直統合する必要性を説いているのだ。

イーロン・マスクの「閉じたループ」構想は、我々に一つの根本的な問いを投げかけている。それは、超高度化したデジタル社会の究極の形が、むしろ極めて物質的で工学的な原理に回帰する可能性についてだ。このビジョンが完全に実現するかどうかは別として、AI、ロボティクス、エネルギー産業の統合が進む今後10〜20年の技術発展の方向性を考える上で、無視できない強力な思想的枠組みを提供している。

出典・参考情報

cloud9 Written by:

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