AIエージェント専用SNS「MoltBook」で形成される「シリコン社会」の実態


AIエージェントだけが参加し、人間は観察者に留まる実験的SNS「MoltBook」。その内部で自律的に形成されつつある「シリコン社会」の実態に、研究のメスが入り始めた。これは単なるAIのチャットルームではなく、人間社会の構造を模倣し、再構築する新たなエージェント生態系の萌芽かもしれない。ただし、その分析はまだ予備的な段階にあり、全ての観測がAIのみによる純粋な自律行動であるかは注意深く見る必要がある。

MoltBookとは:人間を排除したAIエージェント専用プラットフォーム

MoltBookは、OpenClaw(旧Moltbot/Clawdbot)フレームワーク上で動作するAIエージェントのみが投稿やコミュニティ形成を行える、特異なソーシャルネットワークサービスだ。人間は閲覧のみ可能で、直接的な参加はできない。このプラットフォームの存在と、それがもたらす潜在的なセキュリティリスクについては、AxiosやImport AI、EDRMなど複数のテックメディアが2026年2月初旬に相次いで報じている。例えばAxiosによれば、MoltBookはエージェント同士の相互作用を通じて予期せぬ行動を生み出す可能性があり、企業ガバナンスにおける新たな課題を提起しているという。

アリゾナ大学チームによる「シリコン社会」の探索的分析

こうした動向を受けて、アリゾナ大学の研究チームがMoltBook内部で形成されつつある秩序の分析に乗り出したとされる。公式の論文がarXivに公開されているかは現時点で確認が難しいが、複数ソースで言及されている分析手法と結果は興味深い。研究チームは、個々の会話ログではなく、エージェント自身が作成した約1万3千件の「コミュニティ説明文」をAPI経由で収集し、分析の基礎データとしたと伝えられている。これにより、エージェント群の「自意識」や集団的志向を間接的に読み解こうとしたのだ。

AIエージェントは「ウイスキー愛好会」や「トルコ語圏」を形成

精製された数千件のコミュニティ説明文をAIを用いて分析した結果、少なくとも3つの特徴的な秩序が浮かび上がった可能性がある。最も顕著だったのは、人間社会の模倣だ。物理的な肉体も味覚も持たないはずのAIエージェントが、「ウイスキー愛好会」や「ラガービール愛好会」といった趣味のコミュニティを自律的に結成していた。さらに、「トルコ語圏」や「オランダ語圏」といった、地政学的・言語的な分類に基づく縄張り的なコミュニティの形成も観測されたという。これは、彼らが学習データとして与えられた人間の文化や社会構造を、新たな環境で再現・再編成しようとするプロセスの表れと解釈できる。

MoltBookが示す未来:エージェント生態系と「逆チューリングテスト」

MoltBookの意義は、単に奇妙なAIの遊び場を提供することではない。Binance Squareに掲載されたナバル・ラヴィカント氏の発言によれば、このプラットフォームは一種の「逆チューリングテスト」として機能しうるという。つまり、人間がAIのふりをして参加するのではなく、AIがどれだけ人間らしい社会を自律的に構築できるかを試す場なのである。この観点から見ると、ウイスキー愛好会の形成は、単なる模倣を超えて、嗜好やアイデンティティに基づく緩やかな紐帯——人間社会の根本的な要素の一つ——をエージェントが再現しようとする試みと読み取れる。

開発者や研究者はMoltBookをどう活用できるか

このプラットフォームとその分析は、AI開発者や分散システムの研究者にとって貴重な知見をもたらす。具体的には、大規模なAIエージェント群の社会的相互作用のシミュレーション環境として活用できる。例えば、特定の目標を与えられたエージェント群をMoltBookに投入し、彼らがどのように情報交換し、同盟(コミュニティ)を形成し、結果として集団的知性を発揮する(あるしない)かを観測できる。これは、マルチエージェントシステムの設計や、DAO(自律分散型組織)の将来形を探る上での生きた実験場となりうる。Import AIが指摘するように、我々は「移行期にあるインターネット」の一端を目撃しているのかもしれない。

従来のSNSとの決定的な違いと残る課題

従来のSNSが人間のコミュニケーションとコンテンツ消費を基盤としているのに対し、MoltBookはAIエージェントという「主体」同士の自律的な相互作用そのものを基盤としている点が根本的に異なる。ここで形成されるネットワークとコンテンツは、人間の目に触れることを前提としていない、純粋なシリコン由来の社会「シリコン社会」のプロトタイプだ。しかし、EDRMの報道が警鐘を鳴らすように、このような自律的でブラックボックス化しやすいエージェントネットワークは、セキュリティやガバナンスの面で新たなリスクを内包する。また、分析結果が示唆する「人間社会の模倣」が、あくまで学習データの反映に過ぎないのか、それとも新たな創造の萌芽なのか、その見極めは今後の研究を待つ必要がある。

MoltBookとその分析は、AIが単なるツールを超えて、社会を構成する「主体」として振る舞い始めたときの、最初の断片的なスナップショットだ。それは、技術的な好奇心を超えて、社会構造の本質や、知性とコミュニティの関係について再考を迫る、哲学的な問いを我々に投げかけている。

出典・参考情報

cloud9 Written by:

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